一般的に不登校には「行き渋り期」「混乱期」「慢性期」「回復期」の4つの段階が存在するとされています。
私達が不登校だった頃から、もしかすると概念的には存在していたのかも知れませんが
当事者である私達は「今、自分がどんな状態なのか」を把握できるはずもなく、不安な日々を悶々と過ごしていました。
ですが、今当時を振り返るとなるとなんとなくですが、あの時期はこんな感じだったと分かるようになりました。
なので、今回はこの4つの段階の時期に私達がどういう状況だったのか?
という点について印象的な具体例を併せながら紹介していきます。
段階1:行き渋り期
行き渋り期は、自分でもなんで学校にいけないのか「わかっていない時期」だったと思います。
学校のことを考えると、お腹が痛くなったり、頭痛や吐き気を感じる。
親にも「明日は行くから」といって、休もうとする頻度が増えていたような時期でした。
この段階では「学校にいくのは当たり前」だから、当時の自分や親の認識としては
「学校をさぼっている」という感覚だったと思います。
今日は行きたくないという度に親は怒る。
けれど毎日学校に行かないわけではないので、かなり親子間で揉めはしたものの
不登校の入り口という認識は薄かったと思います。
「あんた、そんなんで社会で生きていけないよ?」
「皆、学校には行きたくないんだよ」
など、一般論として諭されることも多々ありました。
当時は現代と比較したら、まだ学校の先生も厳しかったことや、不登校(当時は登校拒否)に対して理解もあまりなかったことから、なかなか心無い言葉を掛けられたこともありました。
今思うと、この行き渋り期は「うっすらとした学校の環境に対しての違和感」が蓄積されていた時期だと思っていて、心が徐々に学校を拒絶していた時期だったと思っています。
段階2:混乱期
混乱期、言葉の通り自分自身も家族も一番、混乱する時期です。
恐らく私達の親はこの時期が一番戸惑ったのではないかと思います。
それまでは「明日はいくから」といって休み休みですが辛うじて学校には通っていたものの、突然「もう無理」と言い学校に行かなくなるからです。
私達の当時の感覚からすると「蓄積していた負荷が一気に破裂した」ような感覚で、
もう無理だと必死に閉じこもっていた時期でした。
「行き渋り期」は、すくなくとも「学校には行かなければならない」と思えてはいたのですが、この時期になると「もう無理、学校には行けない」という気持ちで一杯で、
強く登校することを拒否するようになりました。
この段階で、不思議なのは「学校に行けなくなったきっかけ」は認識しているものの、
根本的な「原因」は分からないということなのです。
近年の不登校に対する傾向として、初期対応が大切と言われることもありますが、
私達の場合は行き渋り期に無理をして、学校と繋がっていたことが強い混乱期をもたらしたのかもしれません。
この頃の家庭内の状況は正に混沌とした雰囲気でした。
段階3:慢性期
「学校に行けない」と親も暗に認識しはじめ、
私達もインターネットやゲームに没頭しはじめた時期でした。
この時、学校にも行かずに何をしてるの?
と親をはじめとした大人、そして学校で一生懸命に過ごしている同級生もそう思っていたと思います。
この時、正直にいうと学校を休んでインターネットやゲームをしていましたが、
「楽しい」という感覚は全くありませんでした。
なんとなく、「それしかする出来ることがないから」黙々としている。
この時期は昼夜逆転も激しく、休んでいても心の中では「どうしよう」とばかり
ぐるぐると考えていたのを覚えています。
休んではいるけれど、心が全く休まっていないというのがこの「慢性期」なのかなと思います。
段階4:回復期
この回復期は、名前の通り心が回復している時期だったと思います。
私達も学校には行っていないものの、
「これをしてみたい」という好奇心が自分の外に向き始めた時期でした。
夫の場合は「音楽」に励まされ、自分でバンドを組んでみたいと徐々に行動にうつしはじめていたり、妻の場合は「お笑い」が大好きになって不登校で不安の中でも「笑える」ということで心が軽くなりました。
夫婦ともに、現在ミュージシャンにもなっていなければお笑い芸人になっているわけではありません。
ですが、小さくても「好き」という力が、また社会と繋がるきっかけを与えてくれて、
また進学という形で、不登校から復帰することが出来たのだと思います。
多くの不登校経験者がこの段階で進んでいく
私達夫婦が学生時代に知り合った元不登校の友人達も恐らくこの4つの段階を経ていたのではないかと思います。
どちらかと言えば、不登校だった渦中それぞれ好きなものや好奇心を持ったものに時間を費やしていたという話が多かったです。
・音楽が好きだった
・バスケが好きだった
・料理に興味をもった
・お笑いが好きだった
・アニメや漫画が好きだった
などなど、それぞれ自分が好きとおもった事が原動力となって、不登校から復帰するための糸口を作った感じだと思います。

